NICU卒業生の行き先は

20日(日)に放送された、日本テレビの深夜番組「NNNドキュメント」を観た。テーマは「アラームに囲まれた命 NICU…医療と福祉のはざまで」。
※再放送は12月27日(日)18:30~ CSニュースチャンネルにて

医療の発達のおかげで、かつてなら救えない命も救えるようになった。1000グラム未満で生まれる赤ちゃんの数は、20年前の1.5倍に増えているのだそうだ。しかし、救命はできても、病気や障害が残るケースは少なくない。NICUへの入院期間も長期化している。それによって、NICUの受け入れ態勢が追いつかない現状が、本番組で紹介されていた。

NICUを卒業した子供達が過ごせる選択肢は、自宅か施設(療育園)か…
療育園はなかなか空かない。
一方、自宅を選べば、母親が24時間つきっきりの看護生活。夜は数時間ごとに人工呼吸器のアラームで目が覚めるためじっくり眠ることができないのだそう。月に数日、ショートスティに預ける間だけが、自分の時間。
まさに「医療」と「福祉」の狭間でもがいている状態。

…番組を見ていて、フツフツと湧き上がる怒り。障害児を授かることは誰にでもありうるのに、どうしてこんなにサポートが手薄なの?どうして母親(あるいは家族)がすべて背負いこまなければいけないんだろうか?家庭・地域で育てることができれば、NICUももっと他の赤ちゃんの受け入れができるのに。

やっぱり世の中、某市長さんのように、
「高度医療のおかげで機能障害を持ったのを生き残らせている」
「腐った枝は、刈らないと」
という発想なのだろうか。生む(生かす)選択をした以上は、支援は求めるなと言うことか。まぁ、この市長さんの本当の発言意図や、「腐った」の具体的内容は分からないけれど。

長女はまさに、600グラムで生まれた超未熟児。最先端医療のおかげで命は助かったが、病気や障害を持っている。いじめに遭いながら自信をどんどん失くしていく長女を見ていると、確かにこの先、生きていて幸せなのかと感じることもある。それでも親としてどんな形であっても生きて欲しいと願うし、そんな思いまで否定されたらたまらんなぁと思う。
あるいは、この市長さんは「任侠ヘルパー」で扱われていたような「家族の都合で延命されている」お年寄りなんぞのことを言いたかったのかなぁ。でも、それも他人が決めつけることではないはず。

そもそも、客観的に見て高度医療とそうでない医療の線引きはどこにあるんだろうね。
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by miki_renge | 2009-12-25 06:39 | 家族・育児
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