子どもより介護支援を:「任侠ヘルパー」より

昨日の昼間、「任侠ヘルパー」の再放送を観ていた。
最終回、厚生労働省の役人と彦一@ツヨのやりとりは、何度観ても鳥肌が立つ。

行き場を失った(正確には受け入れ先はあるのだが、「たらい回し」にされる可能性大)要介護老人の面倒を最後までみようと、閉鎖の決まった介護施設に立てこもる極道・彦一。
厚生労働省の役人である藤堂は、「皆が皆、目の前の老人だけを救っていたら介護行政は崩壊する」と説得するが、彦一は「目の前にいるような人間を見殺しにしなきゃ成り立たねえ制度だったら、つぶしたらどうだ?」「こんなことをしたって、何の解決にもならないことは分かっている。だけど、目の前にいる弱い奴らを放っておくことはできない」と反論する。

どちらの言い分も理解できるからこそ、結末が切ない。
ちなみに本放送時のレビューはこちら

さて、11年度の予算案決定で、子ども手当が「3歳未満2万円」と、増額となった。
この子ども手当、本当に必要なのだろうか。
いや、もっと言えば、この手の「小手先の子育て支援(もどき)」はどこまで成果が期待できるだろうか。

扶養控除廃止や、その他の予算を子育て支援に振り向ける前に、国全体として、「老後の不安を少しでも減少させる」政策のほうが、よほど有効ではないだろうか。

たとえば、
 ・介護施設の増設とそこで働く職員の待遇改善
 (老後の安心の実現、内需拡大も期待できる)
 ・社会保険料の負担減
 (企業負担分の減少は、採用意欲向上に結びつく)
 ・介護する側の経済的負担の軽減
 (手当にこだわるなら、子どもよりむしろ介護手当か?)

さらに付け加えるとしたら。
先行き不透明な今の世の中、子どもは「贅沢品」になりつつあるように思う。
「フリーター、家を買う。」でも語られていたように、まともに就職できなければ結婚ですら難しいという反面、大卒者の就職率は60%を切るというお寒い状況(根拠はこちら)。また、いわゆる結婚適齢期に身内が要介護状態だったら、いろいろなものをあきらめなければならないという現実も見逃せない。
子ども手当の前に、結婚や出産を「贅沢品」と思わせないような政策が求められると感じるのだが。

そういえば、私が前職で働いていた頃は、「総合職で就職した女性にとって子どもは贅沢品」って、いくつかの雑誌で語られていたっけなぁ。そのときのニュアンスとは違うけど、これじゃ、子どもは減るはずだよね。

さて、「任侠ヘルパー」スペシャル放送決定(1月9日)
また彦一さんに会える!詳細はこちら
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by miki_renge | 2010-12-26 07:02 | ジャニーズ
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