箕島と星稜の試合を思い出した

かつて和歌山・箕島高校で監督をつとめらられていた尾藤公氏が、先日亡くなった。

尾藤監督と言えば、何よりもまず1979年の夏の甲子園3回戦、石川・星稜高校との延長18回の死闘だろう。
忘れもしない小学4年生の夏(年がばれる…)、我が家は一家でこの試合をテレビ観戦していた。両親ともに石川県出身のため、当然のごとく星稜高校を応援していたが、テレビの前に釘付けになっていたことを思い出す。
星稜が1点リードで迎えた延長16回裏、2死ランナーなしで、箕島の選手がファウルフライ。父が「あぁ、これで決まった、長かったなー」と言った瞬間、星稜の一塁手が落球。一家で叫んだっけ。

この試合にサヨナラ勝ちした箕島高校は、この年、春夏連覇を果たす。

当時は「箕島憎し」の感情が先行していたが、この試合以降、星稜の山下監督が尾藤監督を師として慕っていたという話や、交流戦の開催のニュースを聞き、徐々に「こういう繋がりっていいなぁ」と、温かな気持ちになっていった。
そういえば、行く先々で「あの落球の…」と言われて苦労した一塁手さんをずっと気にかけて、交流戦での再会を誰よりも喜んだのは尾藤監督だと、どこかに書いてあったっけ。その後も手紙のやり取りがあったと聞いた。

これが「高校野球」だなぁ。
卒業すれば、敵味方もない。そこにいるのは全力を尽くした仲間。
そして諦めないで、可能性を信じること。今ならそれがどれだけ人の心を揺り動かすものか良く分かる。

尾藤監督、安らかに。
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by miki_renge | 2011-03-08 06:18 | 社会・経済一般
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