不便を受け入れることも…大事?

先日、7年間使っていた洗濯機が壊れた。水が出なくなったのだ。
とりあえず修理してもらったが、「まもなくこの部品もなくなりますので、次に壊れたら買い替えてください」と言われた。修理のお兄さんには何度も足を運んでもらって申し訳なかったが、請求書を見て「あぁ、費用はしっかりオンされているのね」と納得。

その翌日、今度はやはり7年使っている食器洗い乾燥機から水漏れが。
お財布が痛かったので、機械の下にバスタオルを敷いて様子を見ていたが、1回回すとバスタオルはぐっしょり。そのうち床もびしょ濡れになり、機械を回して外出するのが不安で、やはり電気屋さんを呼ぶことに。

電気屋さんの判断で、工場に機械を送って、不具合箇所を見つけてもらうことになった。

で、我が家は現在、食器は手洗いしている。

食器の手洗い生活で思ったこと。
まぁ、不便だけど、ちょっと前はこうだったんだよね。
よくよく考えれば、「水道代節約」とアナウンスされても、目に見えて水道代が減った気はしなかった。むしろ電気代が気になるし。何より手洗いの方がきれいになる。

節電が叫ばれるご時世、この程度の不便は受け入れるべきなのだろう。
原発の再稼働にはもろ手を挙げて賛成できないのに、これまで享受してきた便利な生活は変えたくないなんていうのは我儘な話だよね、と反省。お金で時間を買って省力化して、家族とゆとりある時間を持っても、それで次世代にツケを残すことになるのなら…考えすぎだろうか。

結局、食器洗い乾燥機が無事に戻ってきても、しばらくは手洗い生活を続けていこうと決意。
(ついでに言えば、修理不可能な場合も、新しい機械の導入はハードルが高そう。食器洗い乾燥機はビルトインタイプが増え、単体での扱いは激減しているそうだ。我が家にビルトインタイプを導入するには、それなりのリフォームが必要らしい。)
洗濯機も、「乾燥機付きのものがほしいなー」と考えていたけれど、やっぱりやめておこう。
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by miki_renge | 2012-06-09 07:47 | 商品・サービス
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