「心のケア」って言うけれど

全児童の家庭を訪問 中央小、心の傷把握へ

大阪の小学校でまた、いたましい事件が起きた。
安全なはずの学校で教師が殺された、いったいどういうことなんだ、ということについては、恐らく多くのブログで語られていることだろう(体調がやはり今一つなので、ブログ巡りをする元気はない。つわりはしつこい)。

ただ、この手の事件で必ず出てくる「心のケア」の問題。
その必要性を否定するわけではないが、例えば、どこかから派遣されて、家庭訪問したりしばらく学校に常駐するカウンセラー、臨床心理士と呼ばれる人たちが、本当に子供たちの心をケアできるのか、私にはよく分からないのだ。
別にこれらの仕事や資格を持っている人たちを馬鹿にしているわけでもない。単に分からないのだ。その手法、ステップも含めて。

ケアする相手が大人だったら、お互いの人生経験に照らしたりして、解決の糸口がつかめてくるってもんかも知れない。
また、ときどき巡回してくる、あるいは学校に常にいるカウンセラーであれば、その子供の性格などに即したアドバイスができるのだと思う。
しかし、この手の事件で派遣されてくるカウンセラーたちは、子供とは初対面だ。もしかしたら心のケアを今後行っていく教師とだって、まだ信頼関係ができていないかも知れない。もちろん、長期戦を覚悟するなら、これから築いていくものだろうけど。
特に、今回不幸にも亡くなられた先生は5年生の担任だったとか。5年生、思春期の入り口の一番難しいお年頃だろう。そのカウンセラーが似たような経験をしていない限り(滅多にないことだろうが)、「アンタに私の気持ちが分かってたまるか」と反発されることもあるのでは・・・

しつこいようだが、これらの取り組みを無駄だと言っているわけではない。
それに、「じゃぁアンタはどうすればいいと思う?」と聞かれても、代替案を持っているわけでもない。
ただ・・・どうなんだろうね、って思うのだ。突然目の前に現れた専門家に「心のケア」を簡単(じゃないけど)にお願いできるもんなのだろうか。周囲の人間じゃ抱えきれないから?
・・・単に私の勉強不足と言われればそれまでなのだが。

もう一つ。加害少年について。



「小学校時代いじめに遭ったが先生が助けてくれず恨んでいた」とのこと。
その気持ちは分からないでもない。私も小・中学時代、いじめに遭ったことがあるが、先生は何もしてくれなかった(正確にはいじめではない。当時私は某文化部に入っていたのだが、学校が運動部至上主義だったため、学校ぐるみで文化部員がいじめに遭っていた。これについてはまた別途)。

恨み、憎しみというのは、その善悪はさておき、人間を動かす大きなパワーとなりうる。
彼も、そのパワーを「人」に向けるのではなく、自分を磨いて見返してやる、という方向に向けられなかったのか、と思う。ゲーム雑誌の編集部員になりたかったのなら、そのために必死こいて勉強して、「それみたことか、てめえら今まで馬鹿にしてたかも知れないけど、俺はこんなにすごいんだぞ」ってところを見せつける方に動いていれば・・・

もちろんそれは簡単なことではない。
ただ、犯罪を起こす前の彼にこそ、いじめによって彼が受けた心の傷をケアし、それをアドバイスするカウンセラー(的存在の人)が必要だったんじゃないか、と思う。

悲しい事件だね。
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by miki_renge | 2005-02-16 13:00 | 社会・経済一般
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