「ちいさなちいさなわが子を看取る」

盟友(とこちらで勝手に思っている)みやこちゃんのブログで紹介されていた、「ちいさなちいさなわが子を看取る NICU「命のベッド」の現場から」を読んだ。
タイトル通り、「赤ちゃんの看取り」という、何とも重いテーマの本である。

かなえちゃんは33週で生まれた早産児、そして13もの疾患を抱えていた。
家族は、治療法がないことを告げられる。
次第に、医療スタッフも家族も、どのように看取るかを考えざるを得なくなっていく。
この本では、その過程の想像を絶するような葛藤を、TBSの報道担当者がリポートしている。

やるせないと思ったのは、著者が、「NICUのベッド不足について、長期入院の立場で何を感じているか」を、当事者であるかなえちゃんのご家族に取材しようと試みたこと。
言うまでもなく、NICU不足は慢性化している。ベッド数も、スタッフも。
その原因の一つに「助かる見込みのない子どもの長期入院」があるとされている。

著者はこれについて自ら「なんと残酷な取材依頼だろう」と語っているし、私も、長女がNICUに入院中にこんなふうに訊ねられたら卒倒していたと思う。
しかし、限られた資源をどのように配分するか、冷静に判断しなければならない場面もあるのかなぁとも考える。
それが、今話題になっている「出生前診断」にも繋がるのだろうか。

似たような趣旨の本として「救児の人々」もあったけど、そちらより読後感がすっきりしたのは、かなえちゃんの安らかな旅立ちがあったからかな。

でも、ご両親がかなえちゃんとの199日を振り返ったら、また違う思いがあるんだろうな。「NICU命のものがたり」のように、ね。どちらの本にも「命のリレー」という言葉が使われていたけれど、「NICU命のものがたり」の方が、本書より温かく伝わってきたなぁ。たぶんそれは、我が家もかつて当事者だったからなのだろう。ただ、この著者さんが、「報道する立場のあり方と当事者との溝」を自覚して、土足で踏み込んできていないところは、好感が持てた。
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by miki_renge | 2013-07-18 17:02 | 家族・育児
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