震災からの9日間を想う

ナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘い」という本を読んだ。
東日本大震災発生後に岩手県庁内に設置された、災害対策本部の9日間の闘いを描いた、ノンフィクションである。

冒頭、「たとえば、これがなにかの試合だったら、勝ち負けをつけることができたのだろうか。」という書き出しには、少々戸惑った。
しかし、読み進めていくうちに、こう考えざるを得なかった主人公(実在する救命医)の思いが理解できるようになってきた。
大変なことが起きていることだけは分かる。しかし具体的に、どこで、どれほど大変なことが起きているか、把握できない。把握できる状態になったときには、助けたくても助けられない…
どんなに歯がゆい思いをしただろう。

そして、情報を把握できない状況というのがどんなに恐ろしいものかも、何となくではあるが分かった。
どこに緊急の医療を必要とする人がいるか情報があれば、限られた資源をうまく配分することができただろう。ただ、被災地のインフラは壊滅的な打撃を受けていた。正確な情報がまるっきり伝わらない。
こんなとき、被災していない地域に、何かできることはなかったのだろうか。
…いや、その情報を被災地に伝える術を持たなければ、何をやっても無駄だろうか。
私も主人公と同じく、「このときこんな判断ができていたら」と、考えてしまった。
もっとも、主人公のような志高い救命医がいなければ、被害はもっと拡大していたかもしれない。不眠不休で対応していた本部の皆さんには、頭が下がる。

震災後、陸前高田で教師をやっている友人や、山田町出身のやはり教師の友人から、当時の状況を聞いたことがある。当事者の必死の思いと裏腹に、どこか他人事の首都圏の雰囲気に、苛立つ気持ちがあった。
いや、実際は間接被害を受けた企業様も、とてつもない苦労をしていたことは、経営相談の場などで分かっていたのだけど。
それでも、もっとできたことがあったではないか…自分に、当事者意識はあっただろうか。「がんばろう日本」なんて、掛け声だけだったのかな、と。

彼らの、この貴重な経験を、大事にしたい。それが、いずれ起こると言われている他地域での震災対策にもなるはずだから。
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by miki_renge | 2013-09-29 20:28 | 社会・経済一般
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