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カテゴリ:家族・育児( 53 )

続)元超未熟児・長女の歯列矯正

こちらの記事の続き。

歯列矯正で何がつらいって、まずお金がかかることだ。

ここまでに払ってきたお金。
精密検査料5万円。
診断料30万円。
装置料80万円。
月1回の調整料が3~6千円。
そうそう、歯を抜いたから、そのお代も。7千円×2本。

我が家の場合、痛かったのは、ずっと通っていた大学病院にも既に30万円を払っていたことだ。
でも、大学病院までの通院交通費、私が付添うことによる私自身の機会損失を考えると、この判断でよかったはず(と、自分に言い聞かせている)
やっぱり病院は近いこと、通いやすいことが一番だよね。

もう一つ「つらい」のは、言うまでもなく、本人の感じるわずらわしさ(だと思う)。
先日も書いたように、長女は「インビザライン」という透明な装置で矯正している。
これは取り外しがOKなのがメリットなのだが、裏を返せば取り外しが面倒というデメリットもある。
つけたまま食事はNGと言われているので(やればできないことはないだろうけど)、給食を含む食事の前は必ず取り外す。だから常に、その矯正装置を入れるケースを持ち歩いている。

インビザラインは目立たないのもいいんだけど、それでも使っていると、どんどん汚れてくる。白っぽくなってくるのだ。歯医者さんには「1日に1回、歯ブラシで汚れを落としてください」と言われたが、交換時期直前になると、朝晩丁寧にこすらないと、汚れが落ちない。これは面倒だなぁと思う。

長女のインビザラインは、今、やっと1/4が終わったところ。まだまだ先は長いのだ…
でも、きれいな歯並びは一生の宝物のはず。今だけ我慢するんだよ~

<再びお仕事の宣伝>
東京都労働相談情報センター八王子事務所様の研修会で、お話させていただきます。7月2日(水)13:30~です。
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by miki_renge | 2014-06-05 17:19 | 家族・育児

元超未熟児・長女の歯列矯正

あっという間に季節の変わり目。
ブログもSNSも、時間のあるときでないとできないなぁとしみじみ。
Twitterでは時々、くだらないつぶやきをしておりますが^^;

さて、今日は久々に、1日在宅で1人企画会議やら事務仕事やら。
その合間に久々のブログ更新。
本日のお題は、中3長女の歯列矯正。去年の秋から、本格的に始めましたよー。

超未熟児で生まれ、顎が小さくて歯並びは滅茶苦茶だった長女。矯正の可能性を見越して、1歳過ぎから大学病院に通って経過観察していた。
中2夏休み、「冬休みまでに矯正器具を入れますかね?」という話になって、改めていろいろ考えた。
大学病院は、今通っている中学の目の前のバス停から1本(所要時間25分)で通いやすいが、やはり通院時間に制限がある。放課後、部活もあるし、週1回難聴学級にも通うし、結構な負担じゃないか、と。

これだけ歯医者さんが街にあふれる時代だもの、近所に矯正歯科ってあるんじゃない?と思い立ち、いろいろ調べてみる。と、徒歩5分の近所にあった。「矯正歯科学会の認定医・指導医」さんがいる矯正専門歯科が!

去年の10月半ばに初めて行ってみたら、信頼できそうな先生。
大学病院に紹介状を書いてもらい、こちらにお願いすることにした。

矯正に当たっては、まず抜歯。年末に、上の歯(第1小臼歯)を左右とも抜いた。
2週連続で抜歯になったため、長女、涙目^^; 痛み止めのお世話になった。

一方で矯正器具の選択とフィッティング。
長女は通常のワイヤーを使わず、インビザラインという透明なプレートを入れて矯正することにした。
これは取り外しが可能なので、虫歯のリスクが少ない。
長女の場合、53個のプレートを作った。このプレートを2週間に1回交換することで、少しずつ理想の歯並びに近づけていくそうだ。当然だが、プレートを交換してしばらくは痛いらしい。初めのうちは、朝、プレートが歯にはまらなくて、学校に遅刻しそうになったことも。

通院は4週間に1回。
この歯医者さんは、月に数回、土日も開いているのがありがたい。もっとも自宅から近いので、部活のあとの通院でも時間的には十分間に合う。

矯正を始めて半年弱。長女によると、やはり噛み合わせが変わってきたそうだ。

お値段のことや、インビザラインの長所やマイナートラブルについては、また後日。
そろそろ仕事に戻ります。「限界なんてきっとそんなモノない~♪」(「West side!!」より)

<お仕事の宣伝>
縁あって、「企業実務」6月号に、「ダイバーシティマネジメント」について執筆させていただきました。書店に置いていない雑誌ですが、機会がありましたらお手に取ってご覧ください。丁寧にフォローくださった担当者様に感謝。
併せて、拙著『「コマギレ勤務」が社会を変える―多様な働き方を目指して』もよろしくご贔屓に。
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by miki_renge | 2014-05-28 09:48 | 家族・育児

「ちいさなちいさなわが子を看取る」

盟友(とこちらで勝手に思っている)みやこちゃんのブログで紹介されていた、「ちいさなちいさなわが子を看取る NICU「命のベッド」の現場から」を読んだ。
タイトル通り、「赤ちゃんの看取り」という、何とも重いテーマの本である。

かなえちゃんは33週で生まれた早産児、そして13もの疾患を抱えていた。
家族は、治療法がないことを告げられる。
次第に、医療スタッフも家族も、どのように看取るかを考えざるを得なくなっていく。
この本では、その過程の想像を絶するような葛藤を、TBSの報道担当者がリポートしている。

やるせないと思ったのは、著者が、「NICUのベッド不足について、長期入院の立場で何を感じているか」を、当事者であるかなえちゃんのご家族に取材しようと試みたこと。
言うまでもなく、NICU不足は慢性化している。ベッド数も、スタッフも。
その原因の一つに「助かる見込みのない子どもの長期入院」があるとされている。

著者はこれについて自ら「なんと残酷な取材依頼だろう」と語っているし、私も、長女がNICUに入院中にこんなふうに訊ねられたら卒倒していたと思う。
しかし、限られた資源をどのように配分するか、冷静に判断しなければならない場面もあるのかなぁとも考える。
それが、今話題になっている「出生前診断」にも繋がるのだろうか。

似たような趣旨の本として「救児の人々」もあったけど、そちらより読後感がすっきりしたのは、かなえちゃんの安らかな旅立ちがあったからかな。

でも、ご両親がかなえちゃんとの199日を振り返ったら、また違う思いがあるんだろうな。「NICU命のものがたり」のように、ね。どちらの本にも「命のリレー」という言葉が使われていたけれど、「NICU命のものがたり」の方が、本書より温かく伝わってきたなぁ。たぶんそれは、我が家もかつて当事者だったからなのだろう。ただ、この著者さんが、「報道する立場のあり方と当事者との溝」を自覚して、土足で踏み込んできていないところは、好感が持てた。
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by miki_renge | 2013-07-18 17:02 | 家族・育児

「聲の形」(少年マガジン)

「少年マガジン」3月6日号で話題になっている「聲の形」
少年マンガなんて滅多に読まない(「少年マガジン」を読むのすら初めてだと思う)のだが、買ってしまった。
なぜならこのマンガ、耳の聴こえない女の子がいじめられるというお話だったからだ。全日本ろうあ連盟が監修している。

耳の聴こえない西宮硝子ちゃんは、普通学級に転入してくる。
自己紹介では、ノートに「耳がきこえません」「わたしと話すときはこのノートにお願いします」と書いて、クラスメートに見せた。

そのときはまだ、クラスが「戸惑う」くらいで済んだ。
しかし、授業中音読をさせてもまるで読めない(発音が怪しい)硝子ちゃん。
クラスメートに「なんの話をしてるんですか?」「教えてくれませんか?」とノートを出して皆に面倒がられる硝子ちゃん。
決定的だったのは、合唱コンクール。聞こえないのだから、当然音は取れない。
合唱コンクールで賞を逃したのは硝子ちゃんのせいだと、壮絶ないじめが始まった。

補聴器を壊されたり(5ヶ月で8個、総額170万円)、
聞こえないのをいいことに、悪口は言われたい放題、
唯一のコミュニケーション手段であるノートは池に捨てられ、硝子ちゃんは、心を閉ざしていく。
そして、転校していった。

最後、いじめの首謀者(と言えるのか?)と5年後に再会し、一応「和解」となり、(少年誌的には)大団円。

…うむ。
まず、障害者へのいじめをここまで真正面に捉えたマンガを世に送るには、確かに勇気のいることだったと思う。
そして、聴覚障害者がどういう場面で困るか、補聴器がどれだけ高価なものか、伝えてくれただけでも、ありがたいことだ。

ただね。
この硝子ちゃん、いい子過ぎるんだよ。
うちの長女だったら、ここまでされたら絶対に恨みに思うタイプだ。5年後に手話で話しかけられたって、たぶん心は動かない(実際、数か月単位でいじめてきた子の名前はしっかり覚えている。そしていじめのたびに、コミュニケーションに消極的になっていく…)。
これは障害の有無に限らないだろうけど、いじめた方は赦しを乞いたくて謝る、でもいじめられた方は心に負った傷が深ければ、こんなに簡単に赦さないだろう。
…いや、ショータだから赦すのか?あの陰湿な学級委員の女の子達や、当時の担任が相手なら、さすがに赦さないかも。

まぁ、「俺たちは西宮という人種に疲れていた」は、リアル。聴覚障害って、関係性の障害だもの。会話でコミュニケーションが成立しないって、そりゃ、疲れるだろうね。と、難聴の長女を見ていても思う。
うちも学校から長女の障害に関して、「周囲に理解はされているかも知れないけれど、納得はされていない」と言われた。納得までしてもらおうとすると、健聴の皆々様に多大な負担をおかけしてしまう。これが現実。解決策はあるのか、私が聞きたい。
「なぜ聾学校に行かないのか?」という意見もあろうが、それはまた別の機会に譲る(が、一言言えば、聾学校=特別支援学校の数は減っているし、生活に支障をきたす聴力レベルであっても入れてもらえないことはある。手帳取得の基準がいかに高いハードルかも伝えたい。)

ちなみにうちの長女も、合唱コンクールは大の苦手。
高校では、絶対に合唱コンクールのない学校に行きたいと言っている。
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by miki_renge | 2013-02-25 12:29 | 家族・育児

飲み会2つ

普段は仕事関係以外で夜に出かけることはほとんどないけれど、先週は金曜、土曜と連続して飲み会に出かけることになった。

まず金曜は、前職の先輩方との飲み会。
十数年前に参加していたとあるプロジェクトチームの1人が、九州から上京してくるというので、当時のメンバーのうち7人が集った。
この日、出がけに大きめの地震があったので、止めておこうかと迷ったけれど、そうそう集まれるメンバーではないと思い、意を決して出かけた。

大手町の某居酒屋の個室に入った瞬間、旧姓で呼ばれる。
あっという間に時間は戻る。
このプロジェクトに参加していた頃は、仕事はハードだったけれど、皆で同じ方向を向いていることを実感できた時期でもあった。当時もそれなりに評価は受けていたが、今もそれが現場に生きていると知り、ホッとする。そして、先輩方も当時の経験を活かしながら、変わらず仕事を続けている様子に嬉しくなる。
私は成長できたかな…(汗)

土曜は、長女の小学校時代のママさん有志の飲み会にお誘いいただく。ありがたや。
こちらも、パワフルなママさんが勢揃い。そして子どもや学校の話題や、アイドルの話題で盛り上がる…何だ、アイドルって(笑)
でも、こうして近況報告や情報交換できること、そしてちょっとしたことでも思い切り笑える時間って、幸せだなぁと思う。
…ただ、そんな時間は長くは続かない(←シンデレラかっ!)1次会終了後、それまで留守を守ってくれた夫と交代し、夫は別の飲み会へ。4時間後帰宅した夫は、「カラオケでマッチと少年隊を歌ってきたぜ!」とご満悦だった。
夫よ、「仕分け∞」に影響を受けたな(爆)さぁみんなで、「すばる中毒」になろう!
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by miki_renge | 2012-12-10 16:03 | 家族・育児

障害児の母とジェンダー

重度障害児家族の生活 ケアする母親とジェンダー」という本を読んだ。

障害児・障害者が抱える問題はクローズアップされることが多いが、その家族については、世間はなかなか目を向けようとしない。私自身、以前からそれを不満に感じていた。本書でも、
介護全般や育児においては、固定的性別役割の解消が謳われているものの、ここでも障害児の母親の存在は、子どもの特性ゆえに度外視されている。(中略)障害児の母親は、個々人の特性や意思を問われることなく、心身共に強い母親、養育熱心な母親であることを期待されている。障害児への献身的な関わりは、あるべき母親像として捉えられ、そこにジェンダーの問題が潜在していることは見落とされてしまう。

と述べられているが、その通りだ。

うちの娘は重度障害ではないが(歩けるし、一応の会話もできるし)、それでも本書で述べられている「障害児母の実情」は共感できた。
通院や療育機関、学校への付添いといった物理的な役割。
意思表示できない子どもの代わりに発言し続ける役割。
そして最終的には、自立させるべく成長を促す役割。
残念ながら、夫をはじめとする親族の協力が得られないケースも多々ある。きょうだいがいれば、障害児だけに関わるわけにもいかない。母親は孤軍奮闘を迫られる。

この役割の重さを考えると、当然、母親自身の自己実現(仕事など)は遠い夢となってしまう。健常児であれば、仮にいったん仕事を辞めたとしても「子どもの手が離れたら」と希望を持てるが、障害児の場合いつ手が離れるか分からない、一生離れないかも知れないのだ。そこで働くための条件整備をするなんて、気が遠くなりそうだ。

本書の筆者は、「母親を支援することで障害児の生活を保障するのではなく、子ども本人への支援を強めることで母親支援を薄めていくべきである」という見解を示している。私もその意見には賛成だが、どれだけの時間がかかるんだろう、とため息が出てしまう。やはり、一方で健常児母がまず働きやすくならないことには、どうにも変わらないかもね。

それにしても…障害児母のネットワークの強さ(世界の狭さとも言い換えられるかも?)の指摘にはつい笑ってしまった。私も、区内で長女と同年齢の障害児さんについては、実はだいたい把握している。あと、養護学校のPTA役員は、確かに人数が少ない分大変そうだ。このネタだけで、ブログ記事が一本書けそう^^;
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by miki_renge | 2012-08-02 18:46 | 家族・育児

命のリレー:「NICU命のものがたり」より

NICU命のものがたり」というマンガを読んだ。
きっかけは長女が「女性週刊誌に載ってたから買ってよ、NICUの本だよ」と言ってきたこと(どこで読むんだ?病院か?) 自分もかつていたNICUに、何か感じるものがあるらしい。

内容は、超低出生体重児(860グラム)で生まれ、様々な疾患と闘った穂並ちゃんの生涯と、そのご家族のお話。
描かれる絵を見て、長女が生まれたばかりの頃を鮮明に思い出した。

小さな体に付けられていた、人工呼吸器やミルクのチューブ、点滴、心電図のコード。
ぶかぶかの未熟児用おむつ。
おっかないサチュレーションのアラーム。
苦しそうだったタンの吸引。

毎日、ただ「生きていてほしい」と願って面会に通った日々。
後遺症が残るかも知れないと宣告されたときの絶望感。
新生児室とは全く違う(←次女を産んで痛感した)NICUの独特の雰囲気。

それでも、NICUのドクター、看護師さんたちにいただいた、いっぱいの愛情。
ちなみにこのマンガに出てくる新生児科のY先生とは、NICU退院後の長女の主治医。この先生についてはこちらの記事に書いているが、本当に温かい先生なのだ。

最後の方に出てくる「命のリレー」という言葉。
穂並ちゃんは天国に行ってしまったが、穂並ちゃんが生きた証は、きっと次に生まれる小さな赤ちゃんの力になっている。

人間、誰しもそうだ。
今、どうにかこうにか生きていられるのも、失われた命が残してくれた教訓によるものが大きいはず。
それを考えたら、誰もがもっと「生命」に対して謙虚であるべきだと思う。

今日も、この瞬間も、NICUで懸命に頑張る赤ちゃんがいる。
それを見守るママパパもいるし、細やかに手を尽くされている病院のスタッフさんもいる。
私は何もできないけれど、みんなのことを、心から応援しています。

さて、この本を勧めてくれた長女の感想…「うーん、なかなか言葉にならないなぁ。でもY先生はいい先生だよね」。うーん、語彙がないのか、本当にどう受け止めていいのか分からないのか…
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by miki_renge | 2012-06-13 18:24 | 家族・育児

「みんないっしょにおおきくなった」

卒園ソングの定番と言えば、自分の子どもの頃は「思い出のアルバム」だったが、今は「みんなともだち」が多いのだろうか。
次女の卒園式でも歌っていたが、園児たちが涙ながらに一生懸命歌う姿を見ていると、こちらも泣けてしまう歌だ。
特に「みんないっしょにおおきくなった」のフレーズは、8ヶ月のときに次女を保育園デビューさせた我が家にとって、まさにその通り。素敵なお友達、先生、保護者の皆さんに囲まれて、いっぱい愛されて、ここまで育ってくれた。

安心して子どもを預けられるこの保育園があったからこそ、私も(そして夫も)仕事を続けることができた。
準備物が多く、保育室受け入れ前に検温をしなければならない、それでもしょっちゅう「お迎えコール」をいただく0歳児クラスの時代は本当に大変だったけれど、少しずつ自立して、卒園間際には全て次女1人で準備もできるようになった。

大きくなったら、もしかしたら次女は保育園時代のことは忘れてしまうかも知れない(実際、長女はほとんど覚えていないと言っている。私もそうだなぁ…)
けれど、記憶が薄れてしまっても、「保育園のときは本当に毎日楽しそうだったんだよ、お友達と先生のおかげで、大きくなったんだよ」と伝えてあげたい。
そして大人になったときに再会できれば、こんなに嬉しいことはない。ママ同士も仲良くなれたから、実現できるかな。そうそう、私自身も素敵なママ友に巡り合えて、さまざまな知見を広げることができた。感謝。

ちなみにこの「みんなともだち」は、絵本にもなっている。
卒園式の情景と、回想が描かれている。

さて、お友達や先生とお別れするのは寂しいが、一方で長女のときから通算して10年に及ぶ送迎生活が終わるのはホッとする面もある。これからは朝、7時45分に長女、次女、夫を同時に送りだせば、あとは自分の時間!(…というか、まぁ、家事と仕事だけど) そして、お迎えの時間を(今までよりは)気にしなくても良い。これまで何度も何度も遅刻寸前で保育園に駆け込んだし、夢のなかではよく遅刻した。少しは生活に余裕が出る…かな? いえいえ、「小1の壁」がそんなに甘くないことは、長女の経験からよく知っているはず^^; 子育てはまだまだ序章に過ぎないのだ。仕切り直して頑張りますか。
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by miki_renge | 2012-04-01 16:52 | 家族・育児

「下流の宴」

林真理子さんの「下流の宴」を読んだ。
NHKのドラマは未見だが、病院内の図書館にあったので暇つぶしと思い、一気に読んだ。

主人公の福原由美子は、若くして亡くなった父が医者であり、母は矯正下着の販売をしながら這い上がってきた苦労人。由美子自身も地元の国立大学を出ている。「わが家は品の良い中流(上流?)だと信じて疑わない。
夫の健治も早稲田大学卒業の、そこそこのエリート。
娘の可奈は見栄っ張りで、お嬢様大学を出てエリートとの幸せな生活を目指し婚活中。
が、息子の翔は、高校を中退して現在フリーター。上昇志向は全くない。さらに突然、沖縄の離島出身のフリーター、珠緒と結婚したいと言い出す。
…と、要約するとこんな内容。

どの人物にも共感できるような、共感できないような、不思議な読後感。
まず由美子。親として、覇気のない息子の将来を心配する気持ちはよく分かる。が、その過剰なまでの選民思想?にはうんざり。息子と珠緒を前に、「翔はね、まっとうな、本当に普通の世界で生きてきた子なの、あなた(珠緒)たちとは違うの」って言い切ってしまうのには反吐が出そうだ。
でも、由美子みたいなタイプ、結構いるよね。中学受験が盛んな地域に住むと、それがよく分かる。「公立中に進学する人間とは関わらない方がいい」という会話は、残念ながらたまに聞く。

翻って翔のようなタイプも、この不況下、いるだろうなぁと思う。とりあえず中学受験までは親の言うことを聞いていた。が、頑張っても、その先に何があるのか全く見えていないんだろうな。若い世代が夢を持てない時代、旧世代があれこれ昔の価値観を押し付けても、かえって反発したくなるだろう。

可奈に関しては、残念ながら私にとっては「宇宙人」。人形町のメーカーの内定を蹴ってミッドタウンの派遣を選ぶって…確かに「玉の輿」に向けて合理的な行動は取っているけれど、結局、他力本願の生き方はリスキーなんだよね。

その点、珠緒は良く頑張った。途中からは「珠緒、頑張れ!」と応援しながら読んだ。私がド田舎出身で、ときとして馬鹿にされてきたから分かる部分があった。ただ、医大合格はあくまでスタート。動機が不純なためうまく行くか心配だけど、そのたくましさで、ぜひ素敵な女医さんになってもらいたい。

いやー、面白いストーリーだった。そしてときどき身につまされつつ、スカッとしつつ、ただ最後は恐怖すら覚えた、そんな小説(ノンフィクション?)だった。
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by miki_renge | 2011-12-26 06:41 | 家族・育児

脳のMRI検査、卒業

秋、就学・進学を考えるシーズン。
これから1ヶ月くらいは、育児ネタ中心のブログになるかも知れないが、ご容赦を。

先週、長女は総合病院の耳鼻科と小児科を巡ってきた。
耳鼻科は聴力と耳管の検査。
そして小児科は、脳のMRI。

脳については、もともと生後すぐに起こした脳内出血により、
異常(PVL)があることは分かっている。今回はその経過観察のためのMRIなのだが、検査にも、結果を聞くまでの待ち時間にも、慣れることはない。脳というのは見えないだけに、怖いのだ。

今回も、MRIを撮ってから結果を聞くまでの3日間が、とてつもなく長く感じられた。
病院に行く直前に、自分で勝手に「心を強くする歌」と決めている「Lotus」と「僕が僕のすべて」を交互に聴き、気を強く持つ。
そして待合室では、コミック「ほんまに関ジャニ∞」を読み、気を紛らわす。

予約は15-16時の枠だったが、診察室に呼ばれたのは18時を回っていた。どうやら最後の患者だったらしく、待合室はいつのまにか真っ暗になっていた。長かった…

ドキドキしながら聞いた結果は、「前回撮影時と変わらず」、つまり悪くなっていないとのことで一安心(PVLには変わりないのだが)。これで、MRI検査は卒業することになった。

ドクターには、「肺も、心臓も、もう大丈夫。小児科医として現時点でできることはなくなった。あとはあなた(長女)が精一杯生きること。もちろん何かあったらいつでもいらっしゃい」と言っていただいた。
その言葉を長女の後ろで聞き、涙が出そうになった。
NICU卒業後から、ずっとお世話になってきた先生。厳しいことも言われたけれど、常に温かく見守ってくれた先生。もう、よほどのことがない限り、お会いする機会もないのだなぁと思うと寂しくなる。もちろん「よほどのこと」があっては困るのだが。

最後に、先生の「ちょっと走ってみてよ」のリクエストに応え、真っ暗な小児科フロアを2回走った長女。その姿を見て、先生も喜んでくださった。外来時間もとうに過ぎていて、先生もお疲れだろうに…走り方に問題は多々あるのだが、初めて先生に出会った頃は、こんなふうに走ったり、話をしたりできる日が来るなんて想像もできなかったから。
この暗闇のなかの温かさ、一生忘れないと思う。

ありがとう、Y先生。業種は違えど、私も、こんな温かい対応ができる「先生」になりたい。そして、支えてくれたY先生に恥ずかしくないように長女を育てていかなければと改めて思った。
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by miki_renge | 2011-10-30 07:54 | 家族・育児