カテゴリ:家族・育児( 53 )

保育園の休日保育をめぐって

先週、次女の保育園から、「夏期休日の保育の実施について」という文書をいただいた。
うちの自治体の認可保育園は、もともとは日曜・祝日はお休みだが、企業の夏期の節電対策の実施により、日曜が勤務日になるケースに対応するため、「日曜も保育園を開けましょう」というもの。

おおっ、いよいよ我が区もやることになったか。
どれどれ…文書を読み進めると、

・実施園:区内の●●保育園(1ヵ所、駅近の小規模保育園)
・保育料:無料
・時間 :7時15分~18時15分(この後のいわゆる「延長保育」はナシ)
・対象者:区内認可保育園、認証保育所、保育室、保育ママに保育をお願いしている児童
     節電対策で父母共に平日に代えて休日勤務となり、他に保育する親族がいないとき
・手続き:申請書と父母双方の勤務証明書

となっている。なかなか頑張ったな。

でも…ちょっと複雑な気持ちにもなった。
私の周囲では、父母ともにサービス業だったり、自営だったりで、日曜は高いお金を払ってベビーシッターを雇っていたり、無認可保育所に預けていたりするご家庭も決して少なくない。
かくいう私も、夫が「建前は」完全週休2日制の企業に勤めているのだが、「実際は」夫と私が土日に仕事となったら子供をどうするか、そのやり繰りに非常に苦労している(もちろん、夫の勤務先から休日の勤務証明は出ない。まして私はフリーランスなのだから、証明するにはもっと苦労がある。)

で、今回、節電対策で「無料保育」。通常、休日に働いている家庭は対象外で、これまで通り「自助努力で」となる。今回限りの対応だろうけど、常に「日曜仕事」の人が不公平感を抱かないか、気になるところだ。もっとも、そういう人は、それなりの覚悟を持って職業選択しているのだとは思うが。

現場の先生の負担を考えると、「これを機会に日曜保育を」とは言いづらいし…難しいね。
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by miki_renge | 2011-06-27 06:32 | 家族・育児

「光とともに…」15巻読了

「光とともに…自閉症児を抱えて」の15巻をようやく読み終えた。
数年前ドラマ化されているので、ご存知の方もいるだろう。自閉症の息子を抱えた1人の母親の育児奮戦記でもあり、障害の解説書でもあり、家族や学校・地域への問題提起書でもあった。障害児を持つ母親にとってはまさにバイブルとも言えるマンガである。
この15冊のなかに、息子・光君の約15年間の成長が描かれている。

作者の戸部けいこさんは、残念ながら昨年冬、52歳という若さで亡くなられた。
15巻には先生が病床で綴られたネームが2話分おさめられていた。そこには、アメリカの障害者事情や、障害児のサークル作り、グループホームや就労の話などが盛り込まれていた。それを目にして、「あぁ、戸部先生はきっと、もっともっと描きたいことがあったんだなぁ」と、胸が締め付けられる思いがした。
私も、せめて光君が働き始めるまでを見届けたかった。また、最近の号で主要テーマの一つであった「障害児のきょうだいへのケア」は、私も気になるところであり、どんな対処法があるのか見てみたかった。

でも、このマンガから、自閉症を初めとする発達障害について理解を深められたこと、障害児への接し方が分かったことは、感謝してもしきれない。
障害者や障害児に直接かかわる方以外にも、ぜひこのマンガを読んで欲しい。皆が幸せに生きるためのヒントがちりばめられているから。
私が一番好きなコマが「2004年文化庁メディア芸術祭」のページにあったので、リンクを貼っておく。保育園の卒園式で、夢を語るシーン。障害や病気があっても、その他いろんな困難を抱えていても、それぞれが精一杯生きられれば。

娘達にも、周囲がどうであろうと、自分の信念を持ってたくましく生きて行って欲しいと願う。そしてそれは、私自身にとっても課題。
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by miki_renge | 2011-04-12 05:48 | 家族・育児

「頑張ろう東北!救児募金」

週末、子供たちを実家のある静岡に送り込んだ。

長女は春休みに入ったのだが、私が仕事で外出する際に1人で留守番させるのは不安だった。やはり余震は怖い。
一方の次女は、水道水を巡る混乱で保育園に預けるのも申し訳なくなってしまった。先週は、保育園への登園は園児の3割程度で、仲の良いお友達の多くが長期休園中。さらに24日朝の余震で先生方が体を張って園児を守る姿に偶然接し、「こりゃ~1人でも園児が少ないほうがいいよな」と思った次第。

私も静岡には付き添ったのだが、普通にテレビ放送が流れているのにちょっと感動。まぁ、「浜岡原発はどうする」なんていうゾッとする特集もあったけれど、「アフラック」や「味の素」のCMで翔さんに会えてホッとする。「この国には、1億3千万の元気がある」(←オロナミンC)なんて言われると、涙が出そうになる。
早く「淡麗」や「au」のCMも再開できるといいな…できますように!

さて、先輩未熟児ママのみやこちゃんのブログで、【頑張ろう東北!救児募金】のことを知った。被災地で、NICUに赤ちゃんを入院させているママパパは、不安に押しつぶされそうになっていると思う。私だって、長女がNICU入院中、こんなことがあったとしたら…と想像するだけでゾッとする。停電なんて起きていたら、恐らく長女は生きていないだろう。
この活動によって、小さな赤ちゃんが無事に大きくなったら。
そして医療関係者の負担が少しでも減るのなら…こんな記事を読むと、現場の先生の奮闘ぶりに頭が上がらない。

次代を担う子供達は、何としても守りたい。
NICUに助けてもらった身として、何か役に立てることがあれば。
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by miki_renge | 2011-03-27 20:12 | 家族・育児

働く母にとっての「7人の敵」

お友達のみやこちゃんのブログで紹介されていた「七人の敵がいる」を読んだ。帯に「PTAエンターテインメント」とあるように、主な舞台はPTAだった。

いわゆる「キャリアウーマン」の主人公・陽子。しかし、女性同士の付き合いはからっきしダメ。息子が小学校に入学して、初めての保護者会でのPTA役員決めの際、きっぱりとPTA活動の理不尽さを指摘し、「専業主婦の方じゃなければ無理じゃありませんか?」と言い放って周囲を凍りつかせたり。学童保育の役員会の場では、会長の提案を理詰めで木っ端微塵に粉砕してプライドを傷つけたり。
「仕事が忙しいから」と地域の子供会には入らないのに、子供会のイベントで楽しく遊んでいれば、「あの人、何?」と思われて当然だろう。それが陽子には理解できないらしい。

でも、気持ちは分かる。
「ごくごく普通に、仕事をして、子育てをして、コミュニティの一員で暮らしていく-ただそれだけのことが、なんとまあ七面倒で厄介なのだろう」と陽子の独白として語られているが、これは実感。そして全ては「子供のため」と言いながら、その活動に参加できるのは、ほぼ女性。
これら活動について「強制的ボランティア」とも表現されていたが、まさにその通りだ。ボランティアは心身の余裕がないとできない。義務だけ押し付けられ、その義務を果たせないと責められる。世の中の男性は、果たしてこのような現状をどこまで知っているんだろう、とつい毒づきたくなる。

ちなみに私も著者と同じフリーランス。専業主婦の気持ちも、働く女性の気持ちも良く分かる(つもり)。これらのボランティアをどうスリム化すればいいのだろう。男性が参加できるようになればとは思うけれど、それで解決できるのか…分からない。

でも、陽子さんも同じ「NICU経験者」だと分かると、たったそれだけでつい応援したくなってしまった。
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by miki_renge | 2010-08-08 09:51 | 家族・育児

子供の長期脳死

先輩未熟児ママのみやこちゃんのブログで紹介されていた「長期脳死の愛娘とのバラ色在宅生活 ほのさんのいのちを知って」という本を読んだ。
生まれる寸前、お腹の中でへその緒が切れてしまったために仮死状態となり、長期脳死となった「ほのさん」を、在宅で育てているお母さんのブログが本になったものだ。
目は見えない、耳は聞こえない、自力ではご飯も食べられず排尿排便もできず、呼吸ですら人工呼吸器のお世話にならなければならない。でも確かに生きている「ほのさん」の成長日記。

一読して、いろんな思いがこみあげてきた。
医療や機械に頼らなければ生きていけない子供達の存在。
そんな子供を在宅で育てる途方もない苦労。
子供の臓器移植において、「ドナー」になりうる親の切なさ。
それでも、穏やかに、たくましく生きる「ほのさん」。

私も、長女が1歳半まで在宅酸素をしていたから、超重症児を在宅でみる苦労は、1万分の1ほどは分かる(気がする)。在宅酸素の機械がなければ、そして親が厳重に監視しなければ、長女は命を落とすかも知れない。そのプレッシャーの中での育児は気が抜けず、在宅酸素中はまともに寝た記憶がない。
ほのさんのお母さん、そしてお父さんは、1日交代で夜の当番をし、もっとたくさんの機械をチェックし、ほのさんの体調も併せてチェックしている。本には「どちらかが倒れたら持続不可能の綱渡りの生活」とあったが、そうだろう。しかしこのようなケースで支援を求めようとしても、「重度訪問介護」を受けるための壁はとてつもなく厚い。

そして、子供の臓器移植の可否を巡るさまざまな議論。
今すぐにでも移植を待っている子供がいることも知っている。
ドナー側が拒否すればいいでしょ、という考えがあることも知っている。
脳死で生きている人(子供含め)が、「生きているんじゃなくて、生かされてるだけでしょ」と思われがちなことも。
でも、ほのさんの存在に思いをはせると、「脳死=人の死」と決めつけることがいかに危険なことか、改めて考えてしまう。
生って、死って、一体何なんだろう?と思わずにはいられなかった。

今はほのさんが元気で過ごせること、そしてほのさんのご家族の負担が少しでも軽減されることを心から願う。

【追伸】
ほのさんの近況は、こちらのブログで読めるようです。
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by miki_renge | 2010-03-28 12:55 | 家族・育児

保活

年度末。
予想していたことだが、爆発的に忙しくなってきた。
恐らくブログはしばらく滞ります。今日も1日外出、明日は出張で長野に行く予定。

さて、移動中に読んだ今週の「AERA」。
「保活」という文字が目に入ってきた。
子供を保育園に入れるために行う活動のことを、「保活」と言うそうだ。知らなかったなぁ。

記事には、保育園入園のために、夫の手書きの嘆願書や職場の上司からの一筆を提出すること、役所の保育課へ通いつめること、ペーパー離婚してシングルマザーになる人(シングルだと入園しやすくなる)、育児ノイローゼのふりをする人までいると書かれていた。さらにはブログやツイッターでライバルの動向を探るという人も。
ここまで極端なことってあるのかなー、と、AERAのこの手の記事を見ると思ってしまうのだが。

私の周りでも、ぼちぼち保育園の内定の話を聞く時期になった。幸い、4月入園で保育園に漏れたという話はまだ聞かない(第一希望ではないにしても)。うちの区が恵まれているのかな。確かに長女のときと比較して、徒歩圏内で認可保育園は2園、無認可も4園増えたもの。選択肢がものすごく広がったなぁと感じる。
もっとも、よくよく考えると、会社員で育休を1年以上取っている人はそのなかにはいない。皆揃って、「育休1年?ありえない。会社だってそこまで認めてくれないよ」と笑う。まして自営業なら「出産後、退院してまず仕事場に直行した」という強者ばかり。まず無認可に入れて待機していた家庭も少なくない。
記事では「育休切り上げしか保活に勝つ方法はないのかも知れない」と書かれていたが、枠が限られている以上、育休が(長期間)取れない家庭が優先されるのは当然だろう。その現実を認識することが「保活」の第一歩ということか。

それにしても…
今回、激戦の新設認可園に決まったママ友は、「ここに決まったなんて周りには言えないよ、送迎だってこっそりやらなきゃ」とつぶやいていた。決して彼女は不正を働いたわけではないし、おめでたいことなのに、こう考えざるを得ないなんて、やっぱり悲しい。
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by miki_renge | 2010-03-04 06:47 | 家族・育児

未熟児ちゃんをお持ちのママ・パパへ

未熟児ママの先輩であるみやこちゃんが、小さく生まれたお子さんのフォローアップに関するアンケートを行っている。今年6月に行われる「ハイリスク児フォローアップ研究会」で発表するのだとか。
未熟児を出産した経験から、「よりよい医療、よりよい育児」について問題意識を持ち続け、世の中に提言までしちゃうんだから尊敬だ。未熟児のママ・パパさんたち、ぜひぜひご協力を。

 アンケートはこちらから。

そして今、そのみやこちゃんに紹介してもらった、「あの日とっても小さな赤ちゃんに泣いた笑った―わが子たちのNICU入院体験記」を読んでいる。この手の本は、長女のかつての経験を考えると、今でも直視できないのだが(だからNICUでの体験談は全部読む勇気はない)、高校生や大学生に成長された元・未熟児たちの成長を目にすると、「長女も成長できるかな」と希望がわいてくる。「未熟児さんには生まれてきた誇りを持って生きていって欲しい」と語る、18歳元未熟児さんのメッセージは心に響いた。長女もいつか、こんなふうに後輩に言えるようになって欲しい。

それには、他力本願かもしれないけれど、世の中に小さく生まれた子供、そのためにハンディを持ってしまった子供を当たり前に受け入れる雰囲気があって欲しいと願う。小さく生まれた分成長も遅いし、特に小さい頃は不器用という特徴があると言われる未熟児、「母親が虐待しているのでは?」「子供は怠けているのでは?」と心無いことばに傷つく未熟児ママは多い。
愛育病院の加部先生も書いているが、私たちも社会に働きかけていく必要があるんだろうなぁ。後輩未熟児ちゃんのためにも。

最後に、NICUのスタッフの皆さんに改めて感謝。24時間、小さな赤ちゃんの命に向き合って、一方でその親にも向き合って…本当に大変なお仕事だと思うから。
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by miki_renge | 2010-02-19 07:02 | 家族・育児

「悲しみが消えなくてもいいんだよ」

忙しいと言っているときに限って、いろんなことがある。

月曜、お客様を訪問していたとき。お客様が電話に出るため中座した際、私も何気なく自分の携帯をチェック。そこに保育園時代のママ友からのメールが。「何かのお誘いかな?」とワクワクしながらメールを開いたら…
かつてお世話になった保育園の先生が病気で亡くなったという連絡だった。
長女が入園した年のクラス担任だったからよく覚えている。いつも優しく、細やかに気遣いしてくれた先生だった。

翌日は夕方からの予定をキャンセルして、長女とともにかつての仲間達と待ち合わせ、お通夜にうかがう。

当然のことながら、多くの卒園児や保護者、そして同僚の先生達が弔問に訪れていた。まだ50歳、現役の保育士さんだもの…
会場にはかつて担任したクラスの子供たちと写っていた先生の写真もたくさん飾られていた。笑顔の先生の写真を見ながら、「亡くなっても先生の魂はみんなの中で生き続けるんだなぁ」と思うと、保育士さんっていい仕事かも、と少し慰められたような気がした。

お通夜の翌日、次女の耳鼻科(←ハナタレのため通院、また仕事時間が減る!)の待合室にあった「日経ヘルス」を読んでいたら、「悲しみが消えなくてもいいんだよ」という記事が目に入ってきた。大事な人が亡くなったら、1年くらいは悲しくて当たり前。太古の昔は悲しみにどっぷりつかる時間があった。時間の流れが早い現代ではそれはできないかも知れないけれど、でも悲しいときはその想いとじっくり向き合いなさい、と。法事はそのためにあるんだよ、と。

先生にお世話になったこと、いつまでも大事にしよう。
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by miki_renge | 2010-01-21 06:56 | 家族・育児

NICU卒業生の行き先は

20日(日)に放送された、日本テレビの深夜番組「NNNドキュメント」を観た。テーマは「アラームに囲まれた命 NICU…医療と福祉のはざまで」。
※再放送は12月27日(日)18:30~ CSニュースチャンネルにて

医療の発達のおかげで、かつてなら救えない命も救えるようになった。1000グラム未満で生まれる赤ちゃんの数は、20年前の1.5倍に増えているのだそうだ。しかし、救命はできても、病気や障害が残るケースは少なくない。NICUへの入院期間も長期化している。それによって、NICUの受け入れ態勢が追いつかない現状が、本番組で紹介されていた。

NICUを卒業した子供達が過ごせる選択肢は、自宅か施設(療育園)か…
療育園はなかなか空かない。
一方、自宅を選べば、母親が24時間つきっきりの看護生活。夜は数時間ごとに人工呼吸器のアラームで目が覚めるためじっくり眠ることができないのだそう。月に数日、ショートスティに預ける間だけが、自分の時間。
まさに「医療」と「福祉」の狭間でもがいている状態。

…番組を見ていて、フツフツと湧き上がる怒り。障害児を授かることは誰にでもありうるのに、どうしてこんなにサポートが手薄なの?どうして母親(あるいは家族)がすべて背負いこまなければいけないんだろうか?家庭・地域で育てることができれば、NICUももっと他の赤ちゃんの受け入れができるのに。

やっぱり世の中、某市長さんのように、
「高度医療のおかげで機能障害を持ったのを生き残らせている」
「腐った枝は、刈らないと」
という発想なのだろうか。生む(生かす)選択をした以上は、支援は求めるなと言うことか。まぁ、この市長さんの本当の発言意図や、「腐った」の具体的内容は分からないけれど。

長女はまさに、600グラムで生まれた超未熟児。最先端医療のおかげで命は助かったが、病気や障害を持っている。いじめに遭いながら自信をどんどん失くしていく長女を見ていると、確かにこの先、生きていて幸せなのかと感じることもある。それでも親としてどんな形であっても生きて欲しいと願うし、そんな思いまで否定されたらたまらんなぁと思う。
あるいは、この市長さんは「任侠ヘルパー」で扱われていたような「家族の都合で延命されている」お年寄りなんぞのことを言いたかったのかなぁ。でも、それも他人が決めつけることではないはず。

そもそも、客観的に見て高度医療とそうでない医療の線引きはどこにあるんだろうね。
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by miki_renge | 2009-12-25 06:39 | 家族・育児

命を繋ぐ

母方の祖母が亡くなった。
少し前からあまりよろしくないという話は聞いていたが、まさかこんなに早く旅立ってしまうとは、全く思っていなかった。

祖母の住まいは金沢。東京からは簡単に行ける距離ではない。母とも相談し、葬儀への参列は断念。こんなとき、近くに住んでいれば…と思う。

ちなみに、母方の祖父は、私が次女を妊娠して切迫早産で入院中に亡くなっている。トイレに行くのにも看護師さんの介助が必要な状況では、とても金沢までは行けなかった。
次女が無事に生まれたのは、祖父が見守ってくれたおかげだと信じている。

小さい頃、祖父母宅に遊びに行ったとき、ニコニコしながら迎えてくれた祖父母。2人の笑顔にももう会えない。寒いお風呂にも、掘りごたつの居間にも、もう2人はいない。
せめて、これから(も)家族を大事に精一杯生きていくことが、祖父母への恩返し、だよね。
私も、私の家族も、祖父母の生きた証の一つ。命は繋がっているんだから。

メールのお返事が滞っている方、すみません。
明日には復活します。
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by miki_renge | 2009-02-15 18:48 | 家族・育児