カテゴリ:家族・育児( 66 )

中学生の荷物の重さ

今朝は仕事の前に、次女の小学校へ読み聞かせに。
帰り際、長女が小学生のときにご一緒したママさんと、ちょっとだけ立ち話。
話題は「中学生が持つ荷物の重さ」。
お子さん(=長女と同級生で、現在は私立中在籍の女の子)は、毎日の通学の荷物が重くて重くて、ちょっぴり体調が悪く、整体に通っているそうだ。
そういえば、他にもマッサージに通っているお友達がいたなぁ(やはり私立進学組女子)

うちも、荷物の重さにはほとほと参っている。
「犯人」は分かっている。副教材が重いのだ。
入学当初に買ったバッグはすぐにほつれてきて、その後購入したリュックも穴が開いた。現在、二代目のリュックを使っているが、もともと小柄(150センチ弱、やせ型)の長女は、今でもフラフラしながら通学している。

ママ仲間とも話をしたけれど、これって成長期の女の子の体には、いいことじゃないよなぁ。
中学生で整体だのマッサージだの、喜んで受けたいわけじゃない(女子中学生でも安心して受けられるマッサージなんて、もしかしたらビジネスになるかも知れないけど)。
何を甘いことを!とか、精神論で乗り越えろ!という意見もあるだろうけど、これでいいのかなぁ…と思わずにいられないのであった。医学的にはどうなんだろう。
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by miki_renge | 2013-05-15 00:03 | 家族・育児

長女の骨折

備忘録として。

春休みの最終日の朝、長女は部活に出かけていた。
昼前だったか、「足を怪我した」と、顧問の先生から電話があった。とりあえず迎えに行くと、青白い顔をして涙目になっている長女が、保冷剤で足の指先を冷やしていた。
患部を見ると、青黒く腫れている。その瞬間、「これはやっちまったな」と思った。
詳細は省くが、状況を聞くと、反射神経の悪さが災いしたようだ。ただ、恐らく私でも避けられない「事故」だった。顧問の先生が恐縮しきって頭を下げてくれたが、先生に責任があるとも思えなかった。
ちなみに運動部ではない。

まずは病院。日曜だったので、救急で受け入れてくれる大病院を探し、2件目でOK。ありがたや。
診断はやはり、「左足小指先の骨にヒビ」だった。全治3~6週間。
特大のギプスをされ、リハビリセンターで松葉杖の練習もさせてもらい、帰宅。

問題は、翌日からの学校。新学期、いきなり松葉杖登校では、周囲はギョッとするだろう。でも仕方ない。
不幸中の幸いだったのは、「部活中の事故」ということで、顧問の先生から学年の先生方に状況が申し送りされていたこと。バス通学が認められ、校舎内移動のために「エレベータ使用許可証」を発行してもらい、体育は基本的に見学。

幸い、松葉杖はすぐ取れ、ギプスも小さいものになった。
が、そこからが長い長い。
既に3週間が経ったが、昨日のレントゲンの所見は「完治にはもう少し時間がかかる」であった。当初の「最短3週間で完治」というのは、「とりあえず痛みなく歩けるようになるまで」という意味だったらしい^^;
小指の一番先というのは、骨そのものが細くて、くっつきづらいそうだ。知らなかったよ。

目下の心配は、6月初めにある体育祭。大丈夫か?
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by miki_renge | 2013-05-02 22:36 | 家族・育児

「聲の形」(少年マガジン)

「少年マガジン」3月6日号で話題になっている「聲の形」
少年マンガなんて滅多に読まない(「少年マガジン」を読むのすら初めてだと思う)のだが、買ってしまった。
なぜならこのマンガ、耳の聴こえない女の子がいじめられるというお話だったからだ。全日本ろうあ連盟が監修している。

耳の聴こえない西宮硝子ちゃんは、普通学級に転入してくる。
自己紹介では、ノートに「耳がきこえません」「わたしと話すときはこのノートにお願いします」と書いて、クラスメートに見せた。

そのときはまだ、クラスが「戸惑う」くらいで済んだ。
しかし、授業中音読をさせてもまるで読めない(発音が怪しい)硝子ちゃん。
クラスメートに「なんの話をしてるんですか?」「教えてくれませんか?」とノートを出して皆に面倒がられる硝子ちゃん。
決定的だったのは、合唱コンクール。聞こえないのだから、当然音は取れない。
合唱コンクールで賞を逃したのは硝子ちゃんのせいだと、壮絶ないじめが始まった。

補聴器を壊されたり(5ヶ月で8個、総額170万円)、
聞こえないのをいいことに、悪口は言われたい放題、
唯一のコミュニケーション手段であるノートは池に捨てられ、硝子ちゃんは、心を閉ざしていく。
そして、転校していった。

最後、いじめの首謀者(と言えるのか?)と5年後に再会し、一応「和解」となり、(少年誌的には)大団円。

…うむ。
まず、障害者へのいじめをここまで真正面に捉えたマンガを世に送るには、確かに勇気のいることだったと思う。
そして、聴覚障害者がどういう場面で困るか、補聴器がどれだけ高価なものか、伝えてくれただけでも、ありがたいことだ。

ただね。
この硝子ちゃん、いい子過ぎるんだよ。
うちの長女だったら、ここまでされたら絶対に恨みに思うタイプだ。5年後に手話で話しかけられたって、たぶん心は動かない(実際、数か月単位でいじめてきた子の名前はしっかり覚えている。そしていじめのたびに、コミュニケーションに消極的になっていく…)。
これは障害の有無に限らないだろうけど、いじめた方は赦しを乞いたくて謝る、でもいじめられた方は心に負った傷が深ければ、こんなに簡単に赦さないだろう。
…いや、ショータだから赦すのか?あの陰湿な学級委員の女の子達や、当時の担任が相手なら、さすがに赦さないかも。

まぁ、「俺たちは西宮という人種に疲れていた」は、リアル。聴覚障害って、関係性の障害だもの。会話でコミュニケーションが成立しないって、そりゃ、疲れるだろうね。と、難聴の長女を見ていても思う。
うちも学校から長女の障害に関して、「周囲に理解はされているかも知れないけれど、納得はされていない」と言われた。納得までしてもらおうとすると、健聴の皆々様に多大な負担をおかけしてしまう。これが現実。解決策はあるのか、私が聞きたい。
「なぜ聾学校に行かないのか?」という意見もあろうが、それはまた別の機会に譲る(が、一言言えば、聾学校=特別支援学校の数は減っているし、生活に支障をきたす聴力レベルであっても入れてもらえないことはある。手帳取得の基準がいかに高いハードルかも伝えたい。)

ちなみにうちの長女も、合唱コンクールは大の苦手。
高校では、絶対に合唱コンクールのない学校に行きたいと言っている。
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by miki_renge | 2013-02-25 12:29 | 家族・育児

飲み会2つ

普段は仕事関係以外で夜に出かけることはほとんどないけれど、先週は金曜、土曜と連続して飲み会に出かけることになった。

まず金曜は、前職の先輩方との飲み会。
十数年前に参加していたとあるプロジェクトチームの1人が、九州から上京してくるというので、当時のメンバーのうち7人が集った。
この日、出がけに大きめの地震があったので、止めておこうかと迷ったけれど、そうそう集まれるメンバーではないと思い、意を決して出かけた。

大手町の某居酒屋の個室に入った瞬間、旧姓で呼ばれる。
あっという間に時間は戻る。
このプロジェクトに参加していた頃は、仕事はハードだったけれど、皆で同じ方向を向いていることを実感できた時期でもあった。当時もそれなりに評価は受けていたが、今もそれが現場に生きていると知り、ホッとする。そして、先輩方も当時の経験を活かしながら、変わらず仕事を続けている様子に嬉しくなる。
私は成長できたかな…(汗)

土曜は、長女の小学校時代のママさん有志の飲み会にお誘いいただく。ありがたや。
こちらも、パワフルなママさんが勢揃い。そして子どもや学校の話題や、アイドルの話題で盛り上がる…何だ、アイドルって(笑)
でも、こうして近況報告や情報交換できること、そしてちょっとしたことでも思い切り笑える時間って、幸せだなぁと思う。
…ただ、そんな時間は長くは続かない(←シンデレラかっ!)1次会終了後、それまで留守を守ってくれた夫と交代し、夫は別の飲み会へ。4時間後帰宅した夫は、「カラオケでマッチと少年隊を歌ってきたぜ!」とご満悦だった。
夫よ、「仕分け∞」に影響を受けたな(爆)さぁみんなで、「すばる中毒」になろう!
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by miki_renge | 2012-12-10 16:03 | 家族・育児

夏の補聴器対策

9月もあと1週間。
やれやれ、ようやく涼しくなってきたかな。

さて、補聴器をつけて間もなく1年の長女。
水に弱い補聴器は、夏のケアに気を遣った。耳の後ろ(髪の生え際)に汗をかくからだ。
来年のために、その対策をメモ。

・補聴器屋さんでのお掃除の頻度を増やす。この夏は7月と9月に行った。
 (普段は3~4か月に1回程度)
・汗をかいたら、補聴器の周囲をこまめに拭く。
・補聴器に吸湿性のよいカバーをつける。
 長女が使っていたのは、補聴器屋さんで買った315円のもの。補聴器がすっぽり入る。
 色は何種類かある。長女は相葉カラーの緑をつけ続けたが、ナス色はなかったとご立腹(補聴器そのものがナス型だからいいような気もするが…)
補聴器カバー開発秘話はリオネット様のサイトにあった。ニーズを拾ってくれてありがとう。 

ついでに、乾燥器のシリカゲルも、限界に達するのが早い^^;
これも夏は仕方ないそうだ。対策としては、乾燥器に入れる前に、しっかり水分を拭き取ること。

他にも、夏は水泳の授業があるので、着脱のし忘れがないように注意。
プールサイドでは指示が聞こえにくくなるので、先生に対応をお願いした。学校側も初めてのケースのようで戸惑わせてしまったかも。でも、親身に相談に乗ってくださって感謝。

今のところ、補聴器に大きなトラブルはない。よかったよかった。
高い買い物だったんだから、大事に大事につかってほしい。
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by miki_renge | 2012-09-24 09:09 | 家族・育児

障害児の母とジェンダー

重度障害児家族の生活 ケアする母親とジェンダー」という本を読んだ。

障害児・障害者が抱える問題はクローズアップされることが多いが、その家族については、世間はなかなか目を向けようとしない。私自身、以前からそれを不満に感じていた。本書でも、
介護全般や育児においては、固定的性別役割の解消が謳われているものの、ここでも障害児の母親の存在は、子どもの特性ゆえに度外視されている。(中略)障害児の母親は、個々人の特性や意思を問われることなく、心身共に強い母親、養育熱心な母親であることを期待されている。障害児への献身的な関わりは、あるべき母親像として捉えられ、そこにジェンダーの問題が潜在していることは見落とされてしまう。

と述べられているが、その通りだ。

うちの娘は重度障害ではないが(歩けるし、一応の会話もできるし)、それでも本書で述べられている「障害児母の実情」は共感できた。
通院や療育機関、学校への付添いといった物理的な役割。
意思表示できない子どもの代わりに発言し続ける役割。
そして最終的には、自立させるべく成長を促す役割。
残念ながら、夫をはじめとする親族の協力が得られないケースも多々ある。きょうだいがいれば、障害児だけに関わるわけにもいかない。母親は孤軍奮闘を迫られる。

この役割の重さを考えると、当然、母親自身の自己実現(仕事など)は遠い夢となってしまう。健常児であれば、仮にいったん仕事を辞めたとしても「子どもの手が離れたら」と希望を持てるが、障害児の場合いつ手が離れるか分からない、一生離れないかも知れないのだ。そこで働くための条件整備をするなんて、気が遠くなりそうだ。

本書の筆者は、「母親を支援することで障害児の生活を保障するのではなく、子ども本人への支援を強めることで母親支援を薄めていくべきである」という見解を示している。私もその意見には賛成だが、どれだけの時間がかかるんだろう、とため息が出てしまう。やはり、一方で健常児母がまず働きやすくならないことには、どうにも変わらないかもね。

それにしても…障害児母のネットワークの強さ(世界の狭さとも言い換えられるかも?)の指摘にはつい笑ってしまった。私も、区内で長女と同年齢の障害児さんについては、実はだいたい把握している。あと、養護学校のPTA役員は、確かに人数が少ない分大変そうだ。このネタだけで、ブログ記事が一本書けそう^^;
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by miki_renge | 2012-08-02 18:46 | 家族・育児

命のリレー:「NICU命のものがたり」より

NICU命のものがたり」というマンガを読んだ。
きっかけは長女が「女性週刊誌に載ってたから買ってよ、NICUの本だよ」と言ってきたこと(どこで読むんだ?病院か?) 自分もかつていたNICUに、何か感じるものがあるらしい。

内容は、超低出生体重児(860グラム)で生まれ、様々な疾患と闘った穂並ちゃんの生涯と、そのご家族のお話。
描かれる絵を見て、長女が生まれたばかりの頃を鮮明に思い出した。

小さな体に付けられていた、人工呼吸器やミルクのチューブ、点滴、心電図のコード。
ぶかぶかの未熟児用おむつ。
おっかないサチュレーションのアラーム。
苦しそうだったタンの吸引。

毎日、ただ「生きていてほしい」と願って面会に通った日々。
後遺症が残るかも知れないと宣告されたときの絶望感。
新生児室とは全く違う(←次女を産んで痛感した)NICUの独特の雰囲気。

それでも、NICUのドクター、看護師さんたちにいただいた、いっぱいの愛情。
ちなみにこのマンガに出てくる新生児科のY先生とは、NICU退院後の長女の主治医。この先生についてはこちらの記事に書いているが、本当に温かい先生なのだ。

最後の方に出てくる「命のリレー」という言葉。
穂並ちゃんは天国に行ってしまったが、穂並ちゃんが生きた証は、きっと次に生まれる小さな赤ちゃんの力になっている。

人間、誰しもそうだ。
今、どうにかこうにか生きていられるのも、失われた命が残してくれた教訓によるものが大きいはず。
それを考えたら、誰もがもっと「生命」に対して謙虚であるべきだと思う。

今日も、この瞬間も、NICUで懸命に頑張る赤ちゃんがいる。
それを見守るママパパもいるし、細やかに手を尽くされている病院のスタッフさんもいる。
私は何もできないけれど、みんなのことを、心から応援しています。

さて、この本を勧めてくれた長女の感想…「うーん、なかなか言葉にならないなぁ。でもY先生はいい先生だよね」。うーん、語彙がないのか、本当にどう受け止めていいのか分からないのか…
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by miki_renge | 2012-06-13 18:24 | 家族・育児

校外通級をどうするか

長女、次女の入学式が無事に終わり、まずは一安心。
だが、まだまだ落ち着かない日々は続く。

落ち着かない理由はさまざまあるが、そのうちの一つは、長女の難聴学級通級に関することである。
難聴のある長女は、小学校で5年半、区内の難聴学級に通級した。ここでは主に、「難聴である自分を受け入れる」という心のケアをしてもらったが、先生がとても親身になって指導してくれた。私も、こちらの先生に随分助けていただいた。

だが、区内には中学の難聴学級がない。
長女は引き続いての通級を希望したし、私もそういう場が必要と判断したため&難聴学級への通級実績があると高校入試の英語のヒアリングで配慮が受けやすいため、教育委員会とのすったもんだの末、長女は週1回、区外の中学に通級することになった。
それはよかったのだが…

頭が痛いのは、在籍中学の授業を抜けて通級できないか、という話になっているところ。
当初は通級は放課後と聞いていたのだが、授業を抜けるということに、長女は強い抵抗を示している。私も、それによって勉強が遅れたり、クラスや部活から浮いてしまうことを危惧している。
一方、通級にはバスを乗り継いで、片道約1時間かかる。そして通級指導は「90分」と決まっている。きっちり指導を受けたら、難聴学級を出るのは18時過ぎ、「帰宅が遅くなることや、身体への負担を考えると、在籍級の授業を抜ける方がよいのでは」という配慮も分かるのだ。

近所に難聴学級があればねぇ…そういう理由でお引っ越しされる方も多々いるとは聞いているが、我が家の状況で引っ越しは現実的ではない。悩む。
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by miki_renge | 2012-04-11 18:31 | 家族・育児

「みんないっしょにおおきくなった」

卒園ソングの定番と言えば、自分の子どもの頃は「思い出のアルバム」だったが、今は「みんなともだち」が多いのだろうか。
次女の卒園式でも歌っていたが、園児たちが涙ながらに一生懸命歌う姿を見ていると、こちらも泣けてしまう歌だ。
特に「みんないっしょにおおきくなった」のフレーズは、8ヶ月のときに次女を保育園デビューさせた我が家にとって、まさにその通り。素敵なお友達、先生、保護者の皆さんに囲まれて、いっぱい愛されて、ここまで育ってくれた。

安心して子どもを預けられるこの保育園があったからこそ、私も(そして夫も)仕事を続けることができた。
準備物が多く、保育室受け入れ前に検温をしなければならない、それでもしょっちゅう「お迎えコール」をいただく0歳児クラスの時代は本当に大変だったけれど、少しずつ自立して、卒園間際には全て次女1人で準備もできるようになった。

大きくなったら、もしかしたら次女は保育園時代のことは忘れてしまうかも知れない(実際、長女はほとんど覚えていないと言っている。私もそうだなぁ…)
けれど、記憶が薄れてしまっても、「保育園のときは本当に毎日楽しそうだったんだよ、お友達と先生のおかげで、大きくなったんだよ」と伝えてあげたい。
そして大人になったときに再会できれば、こんなに嬉しいことはない。ママ同士も仲良くなれたから、実現できるかな。そうそう、私自身も素敵なママ友に巡り合えて、さまざまな知見を広げることができた。感謝。

ちなみにこの「みんなともだち」は、絵本にもなっている。
卒園式の情景と、回想が描かれている。

さて、お友達や先生とお別れするのは寂しいが、一方で長女のときから通算して10年に及ぶ送迎生活が終わるのはホッとする面もある。これからは朝、7時45分に長女、次女、夫を同時に送りだせば、あとは自分の時間!(…というか、まぁ、家事と仕事だけど) そして、お迎えの時間を(今までよりは)気にしなくても良い。これまで何度も何度も遅刻寸前で保育園に駆け込んだし、夢のなかではよく遅刻した。少しは生活に余裕が出る…かな? いえいえ、「小1の壁」がそんなに甘くないことは、長女の経験からよく知っているはず^^; 子育てはまだまだ序章に過ぎないのだ。仕切り直して頑張りますか。
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by miki_renge | 2012-04-01 16:52 | 家族・育児

次女の卒園式

昨日は、次女の保育園の卒園式だった。

玄関には色とりどりの花。先日まで使っていた保育室は卒園児保護者の控室となり、これまで作った制作物が飾ってあった。それを見ただけで、まず涙が出そうになる。

卒園証書をいただき、年中・年少さんとプレゼント交換をし、お別れの言葉を伝え、「みんなともだち」「ありがとう こころをこめて」の歌を歌う。
0歳で入園したときはやっとお座りができるくらいで、言葉も話せなかったのに、堂々と自分を表現することができるまでになった。本当に大きくなった。

0歳児時代に担任だった先生(現在は退職)が、「赤ちゃんのときは…」と思い出を語ってくれたのに涙し、
先生方による合唱とはなむけの言葉に涙し、
子供達も泣きながら先生やお友達に感謝の言葉を伝えようとしているのを見て涙し…
式終了後の会食会でも、これまでの園行事のスライドが流され、「こんなに楽しく過ごしていたんだね」と語り合って涙し、
その後拍手で在園児+先生方に見送られてまた涙。
予想されたことだが、保護者の大号泣大会になってしまった。

そして、今、しみじみと卒園アルバムをめくっている。
クリアファイルに写真&イラストと、保護者+先生方のメッセージが入った、見かけは簡単なものだが、とてもとても貴重なもの。先生が取りまとめてくださったんだよね。私も保育園のコンサルをやるようになって、先生方がどんなに忙しいか少しは理解できるようになったので、感謝もひとしお。

なかでも、担任の先生(6年間同じ先生!第二の母親だ)のメッセージが心に響いた。
「自分のことが好きなことは、とてもたいせつなこと。
 自分のことが好きな人は、好きなことがたくさんふやせます。
 自分のことが好きな人は、自分のこと、友だちのこと、家族のことを大切にできます。
 …」
次女も、クラスのお友達も、自分のことが好きだとのこと。
そんなふうに思える、自分を肯定できる子供に育ててくれた先生に、心からありがとう。

おまけ…担任ではないけれどフリーの山Pヲタの先生、「『愛、テキサス』を5種類買っちゃいました~」と自慢するのはやめてください(爆)まぁ、私も卒園アルバム持ち帰り用に「8UPPERS」のバッグを持っていきましたから、人のことは言えませんが^^;
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by miki_renge | 2012-03-10 21:12 | 家族・育児